2026年10月23日放送の『ガイアの夜明け』では、彦根城の修復技術を未来へつなぐ宮大工の取り組みが紹介されます。
登場するのは、滋賀県彦根市の鈴木古建築(すずきこけんちく)。「彦根城のどこを修理した会社?」「古い建物をどうやって直すの?」と気になった方もいるのではないでしょうか。
実物大の図面を使った橋の工事から、自然素材を組み合わせた屋根修理、昔の写真をもとにした船の復元まで、その仕事には受け継がれてきた知恵と技術が詰まっています。
この記事では、鈴木古建築が彦根城や周辺で手がけた修理・復元の場所を地図で紹介。具体的な施工事例をたどりながら、歴史ある建物を未来へ残す宮大工の技に迫ります。
彦根城の宮大工はどこの会社?鈴木古建築のプロフィール
『ガイアの夜明け』に登場するのは、滋賀県彦根市に拠点を置く株式会社鈴木古建築です。神社や寺院の建築、文化財の修復、古民家の再生などを手がけています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社名 | 株式会社鈴木古建築 |
| 所在地 | 滋賀県彦根市大藪町2654 |
| 代表者 | 鈴木大祐(すずき だいすけ)さん |
| 設立(法人化) | 2017年11月24日 |
| 主な仕事内容 | 文化財建造物の修復、神社・寺院の建築、古民家再生など |
三代続く宮大工の技術。2002年に独立、2017年に法人化
代表の鈴木大祐さんは、祖父である社寺建築家・鈴木健次さん、父・鈴木勇次さんから技術を受け継ぐ三代目の宮大工です。
大祐さんは2002年に独立して鈴木古建築を立ち上げ、2017年に法人化しました。株式会社としての歴史は比較的新しいものの、その土台には三代にわたって受け継がれてきた技術があります。
建物を守る技術を、次の世代へ
鈴木古建築は、修復を担う職人の育成にも取り組んでいます。未経験者も募集し、資格取得や専門団体の勉強会への参加を支援。条件に応じて、道具の購入費用も補助しています。
歴史ある建物を残すには、直せる人を育てることも欠かせません。祖父や父から受け継いだ技術を、さらに次の世代へつなぐ取り組みが進められています。
鈴木古建築は彦根城のどこを修理した?地図で紹介
彦根城の修理と聞くと、天守や石垣を思い浮かべるかもしれません。しかし、鈴木古建築の仕事をたどると、登城口の橋から庭園の屋根、お堀を進む屋形船まで、その範囲は広がっています。
地図の①〜⑤に沿って、それぞれの場所の特徴と、修理・復元の内容を見ていきましょう。

① 表門橋|城の入口で、江戸時代の姿を伝える木の橋
表門橋は、彦根城の表門へ向かう途中、内堀に架かる橋です。橋を渡った先には天守へ続く石段があり、お城見学の入口となる場所です。
現在の橋は、平成の時代に江戸時代後期の姿へ復元されたもの。単に通行できる橋を架けるだけでなく、昔の彦根城の景観を取り戻す仕事でもありました。
この架け替えで鈴木古建築が担当したのが、原寸図の作成と大工工事です。原寸図とは、実物と同じ大きさで描く図面のこと。縮小した図面ではつかみにくい部材の形や接合部分を、実際の大きさで確かめるために使います。
橋を見るときは、足元の板だけでなく、左右の欄干や、橋を支える木材にも目を向けてみてください。何気なく渡る橋にも、木を加工し、組み合わせる大工の仕事が詰まっています。
② 鐘の丸廊下橋|いざというときは落とす、城を守るための橋
表門から坂を上がると、天秤櫓の前に架かる廊下橋が見えてきます。お堀の水面ではなく、山の尾根を切り離した堀切の上を渡る橋です。
この橋は、敵が攻め込んだ際には落とすと伝えられています。橋がなくなると、敵は高い石垣を越えなければ先へ進めません。見学者が渡る通路であると同時に、城の奥への侵入を防ぐ仕掛けでした。
また、昔は橋の両側に壁があり、屋根も付いていたといいます。中を移動する人の姿を、外から見えにくくしていたのですね。「廊下橋」という名前からも、当時の姿を想像できます。
この廊下橋では、鈴木古建築が修繕工事の管理・施工を担当しました。現在は見学者が行き交う橋ですが、その背景には、敵の侵入を防ぐための工夫と、木造の橋を守り続ける修繕の仕事があります。
③ 天守・附櫓・多聞櫓|華やかな天守を支える、入口まわりの手入れ
彦根城の天守は、3階建てで、屋根も3重。形の異なる屋根や、上部が曲線になった花頭窓などが組み合わされ、見る方向によって表情が変わります。
天守だけが独立して建っているわけではなく、附櫓や多聞櫓とつながり、ひとまとまりの建物群になっています。高くそびえる天守に目を奪われがちですが、その周囲に続く低い建物も、お城の大切な一部です。
修繕の対象となったのは、この建物群の玄関手摺など。天守全体の解体修理ではなく、入口まわりの部分的な修繕です。
華やかな屋根を残す仕事だけでなく、人が出入りする場所を手入れする仕事も、歴史ある建物の維持につながっています。
④ 八景亭|葭・竹・杉皮を組み合わせ、雨水の侵入を防ぐ
玄宮園は、彦根城の北東側に広がる、池の周囲を歩いて楽しむ庭園です。池のほとりには臨池閣などの建物があり、水辺の景色と建築を一緒に眺められます。
八景亭で2019年に修理されたのは、臨池閣と松の間の葭葺き屋根です。葭葺きは、ヨシを重ねて屋根を覆う方法で、瓦屋根とは違う、厚みのある柔らかな輪郭が特徴です。
工事では、屋根の頂部に当たる「棟」の傷んだ部分を取り除き、層ごとに竹で押さえ直しています。さらに、屋根の端から雨が入り込むのを抑えるために杉皮を使い、最後に葭をはさみで刈り整えました。松の間では、棟の修理に加えて屋根面の穴も塞いでいます。
葭を載せ直すだけでなく、竹で固定し、杉皮で水の侵入を抑える。 自然の素材を組み合わせて屋根の形と働きを取り戻す、具体的な工夫が分かる事例です。
⑤ 屋形船・船着き場|残された写真から、殿様の船をよみがえらせる
玄宮園東門前の船着き場は、彦根城の内堀を巡る屋形船の乗り場です。船は、彦根藩主・井伊家が使っていた専用船を復元したもの。水面に近い位置から、石垣や橋、天守を見上げられるのが特徴です。
この船の製作では、残されていた写真を手がかりに図面を起こし、当時の姿を再現しています。現存する古い船を修理するのとは異なり、写真に残る船の姿を読み取り、新たな船としてよみがえらせたのです。
その後も、船4艘の修復や船着き場の修理が行われています。昔の姿を復元して終わりではなく、船や乗り場を手入れする仕事にも関わってきました。
まとめ|鈴木古建築が彦根城と周辺で守ってきたもの
修理・復元の技術を次世代へ。 文化財を直す仕事とともに、職人の育成や資格取得の支援にも取り組んでいます。
鈴木古建築は滋賀県彦根市の宮大工の会社。 代表の鈴木大祐さんは祖父・父から技術を受け継ぐ三代目で、2002年に独立、2017年に法人化しています。
①表門橋: 江戸時代後期の姿に復元する架け替え工事で、実物大の図面の作成と大工工事を担当しました。
②鐘の丸廊下橋: 敵の侵入時には落とすと伝わる、天秤櫓前の木造橋。その修繕工事の管理・施工を手がけています。
③天守・附櫓・多聞櫓: 天守全体ではなく、玄関手摺など、入口まわりの修繕を担当しました。
④八景亭: 臨池閣と松の間の葭葺き屋根を修理。葭・竹・杉皮を使い分け、棟の傷みや雨水の侵入に対処しています。
⑤屋形船・船着き場: 写真から図面を起こして船を復元製作。その後の船の修復や船着き場の修理にも関わっています。
彦根城を訪れた際は、天守だけでなく、橋や庭園の屋根にも目を向けてみたくなりますね。
見慣れた景色の中にも、歴史を未来へつなぐ職人たちの仕事が息づいています。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!



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