ボートレーサーの野田なづきさんと、ランニングアドバイザーやインフルエンサーとして活躍する三津家貴也さんが、2026年11月1日に結婚と第1子の妊娠を発表しました。
ボートレースと陸上。
それぞれ違う世界で活躍する2人に、「いつ、どこで知り合ったの?」「どんなきっかけで結婚へ?」と気になった方も多いのではないでしょうか。
友人の紹介で知り合ったという2人。出身地やこれまでの活動をたどると、ともに九州と縁があることも分かります。
この記事では、野田なづきさんと三津家貴也さんの馴れ初めを中心に、年齢や出身、学歴・経歴などのwikiプロフィールをご紹介。野田なづきさんの産休・復帰の見通しや、結婚後の活動拠点についても確認していきます。
野田なづきと三津家貴也は何者?学歴・経歴などwikiプロフィール
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— スポニチボートレース (@sponichiboat) November 1, 2026
野田なづきさんは、佐賀支部に所属するボートレーサー。一方、三津家貴也さんは、陸上競技の経験や大学院での研究を生かし、ランニングアドバイザーやインフルエンサーとして活動しています。
まずは、2人の年齢や出身地、学歴・経歴を見てみましょう。
| 項目 | 野田なづき | 三津家貴也 |
|---|---|---|
| 読み方 | のだ・なづき | みつか・たかや |
| 生年月日 | 2000年7月19日 | 1995年8月2日 |
| 年齢 | 26歳 | 31歳 |
| 出身地 | 佐賀県 | 熊本県玉名市 |
| 職業・活動 | ボートレーサー(佐賀支部・125期) | ランニングアドバイザー、モデル、非常勤講師、インフルエンサーなど |
| 学歴・養成歴 | 高校3年時に中退し、ボートレーサー養成所へ | 熊本県立玉名高校→筑波大学体育専門学群→筑波大学大学院 |
| 取り組んできた競技 | バレーボール、ボートレース | 陸上競技の中距離走(800m・1500m) |
| 主な実績 | 2019年デビュー、2026年後期に初のA2級昇格 | インターハイ800mで6位、日本選手権800m出場 |
※年齢は2026年11月1日時点です。
5歳差の2人は、ともに九州出身。競技こそ異なりますが、それぞれスポーツに打ち込み、自分の道を切り開いてきたという共通点があります。
野田なづきはどんな人?学歴やボートレーサーとしての経歴
野田なづきさんは、2019年11月にデビューした、佐賀支部所属のボートレーサーです。登録番号は5118、養成所の125期生にあたります。
もともとは、小学5年生からバレーボールに打ち込んでいた野田さん。ボートレーサーを目指すきっかけになったのは、同じ佐賀県の女子レーサー・小芦るり華さんの存在でした。
ボートレース公式のインタビューでは、高校3年生のときに学校を中退し、ボートレーサー養成所へ入所したことが紹介されています。慣れ親しんだバレーボールから、水上で競う世界へと進路を変えたのですね。
2019年11月にボートレースからつでデビューし、2020年12月には初めての1着を獲得。2022年にはGⅡレディースオールスターにも初出場しています。
◆G2第11回レディースオールスター(8日・ボートレースまるがめ・4日目) 《G2初勝利に声詰まらせる》 野田なづき(25)=佐賀=が1R3号艇でまくって1着。G2初勝利で今節4、5、4、2、1着として、得点率5・60。後半6R2号艇で予選突破を目指す。 勝利者インタビューでは「デビューしたときから投票のおかげで出られる大会なのに、1着が取れなくて悔しかった。ここで取れたことをうれしく思います」と声を詰まらせ、ファンから大きな拍手が起こっていた。
— スポーツ報知 ボートレース担当 (@hochi_boatrace) May 8, 2026
師匠は、ボートレース界を代表する選手の一人、峰竜太さん。2026年後期には初めてA2級に昇格するなど、選手として経験と実績を重ねてきました。
三津家貴也はどんな人?出身高校・大学や現在の仕事
三津家貴也さんは、熊本県玉名市出身のランニングアドバイザーです。SNSで走る楽しさを発信しながら、全国のマラソン大会やイベントでも活動しています。
「三津家」という名字は、「みつか」と読みます。動画での明るい雰囲気や、合言葉の「ん〜、やってみよう!」で知った方もいるのではないでしょうか。
陸上競技を本格的に始めたのは、熊本県立玉名高校に入学してから。中距離走に取り組み、高校時代にはインターハイの男子800mで6位に入賞しました。
その後は筑波大学体育専門学群へ進学し、大学院では人間総合科学研究科の体育学専攻でランニングについて研究。競技に取り組むだけでなく、走りを科学的な視点から学んできた経歴を持っています。
大学・大学院時代には800mと1500mで日本インカレに出場し、卒業後も働きながら競技を続け、日本選手権800mにも出場しました。
現在は、その経験と知識を生かしてランニングを指導するほか、モデルや非常勤講師、インフルエンサーなど幅広く活躍しています。
野田なづきと三津家貴也の馴れ初めは?
約2年前に友人の紹介で出会った2人
スポニチの取材によると、野田なづきさんと三津家貴也さんは、結婚発表の約2年前に友人の紹介で知り合ったそうです。
出会ったのは2024年ごろ。紹介した友人や場所、交際を始めた時期など、詳しい経緯は明らかになっていません。
熊本出身の三津家貴也は佐賀でも活動!九州との縁
野田さんは佐賀県、三津家さんは熊本県玉名市の出身。2人とも九州にルーツがあります。
三津家さんにとって佐賀は、幼い頃から遊びに行っていた、なじみのある場所。地元の熊本からも近く、アウトレットにもよく足を運んでいたそうです。
陸上競技やランニングを通じた関わりもあり、2019年には佐賀で合宿を行い、2023年9月には唐津市でランニングクリニックを開催しています。
「さが桜マラソン」でも大会アンバサダーを務め、2024年大会では前日のトークショーに出演し、翌日のフルマラソンにも参加しました。
佐賀県来ました!! 今日はさが桜マラソントークショー☺️ 皆さん足元の悪い中お越しいただきありがとうございました。 明日は9時スタートでフル走ります🏃♂️ https://t.co/aXClX8dcdg
— 三津家貴也 / Takaya Mitsuka (@tky0802) March 23, 2024
その後も大会アンバサダーを継続して務めるなど、佐賀との交流を重ねてきた三津家貴也さん。全国各地で活動しながら、野田なづきさんの出身地・佐賀にもたびたび足を運んでいました。
野田なづきと三津家貴也の結婚後は?産休・復帰や活動拠点
結婚と第1子の妊娠を発表した野田なづきさんと三津家貴也さん。家族が増えるこれから、仕事や生活はどう変わるのでしょうか。
野田さんが語った復帰への思いと、結婚後の活動拠点についてまとめました。
第1子妊娠を発表!野田なづきの復帰の見通し
野田さんは現在、第1子を妊娠しており、レースを休んでいます。出産後も引退せず、ボートレーサーを続ける意向です。
スポニチの取材では、家族や周囲と相談しながら、地元のボートレースからつで復帰したいと話しています。
時期については、出産から約5カ月後にあたる2027年8月ごろに戻れたら理想とのこと。ただし、決定した日程ではなく、現時点での希望です。
2026年後期に初めてA2級へ昇格したタイミングで産休に入った野田さん。復帰後は早くA級へ戻ることに加え、A1級への昇格や初優勝も目指したいと語っています。
母になる喜びとともに、選手としての目標も持ち続けているのですね。
出産後も活躍できる?女子ボートレーサーの復帰と働き方
ボートレースは、体力だけでなく、操縦技術や判断力、経験も生きる競技です。40代・50代で第一線に立つ選手もおり、出産を経て競技を続ける女子レーサーもいます。
その一人が、「グレートマザー」の愛称で親しまれた日高逸子さんです。1997年と1999年に出産し、産後約2カ月で復帰した経験を持ち、2025年に63歳で引退するまで長く活躍しました。
一方で、レースに戻るまでには、体力や操縦感覚を取り戻す過程もあります。
2度の産休を経験した平山智加選手は、復帰当初、思い描いた通りに体が動かず、ボートを操る難しさを感じたと話しています。自身の経験から、復帰する選手には焦らず徐々に戻していくことを勧めています。
また、佐賀支部に所属する野田さんも、出場するのは佐賀のレースだけではありません。各地のレース場へ移動し、開催期間中は選手宿舎で過ごします。
ボートレーサーの仕事は、通常4〜6日間の開催を「1節」とし、月に1〜3節ほど出場する形です。毎日自宅から通勤する仕事とは異なり、開催期間中は宿舎に滞在し、レースのない日には練習や休養などの時間を取ります。
野田さんは、家族や周囲と相談しながら復帰したいと話しています。競技への準備に加えて、遠征中の育児を支える体制も、復帰後の生活を考えるうえで重要なポイントですね。
結婚後の活動拠点は?所属支部を変えて復帰するケースも
三津家さんは、過去のインタビューで居住地を東京都と紹介されています。一方、野田さんは現在、佐賀支部に所属し、出産後は地元のボートレースからつで復帰したいと話しています。
ただ、ボートレーサーは所属支部を変更することもできます。実際に、滝川千依選手は広島支部へ移籍した後、宮島で産休明けの復帰戦を迎えました。
また、所属支部と復帰するレース場が同じ地域である必要もありません。福岡支部の大山千広選手は、佐賀県のボートレースからつで産休・育休から復帰しています。
野田さんは「からつで復帰したい」と希望しています。所属支部の移籍例もあるように、ボートレーサーには、生活や子育ての環境に合わせて活動拠点を変えながら、選手生活を続けるという選択肢もあるのですね。
まとめ|野田なづきと三津家貴也の馴れ初めや今後の活動
今回は、野田なづきさんと三津家貴也さんの馴れ初めやプロフィール、結婚後の活動についてまとめました。
- 2人は2024年ごろ、友人の紹介で知り合った
紹介した友人や出会った場所、交際開始時期などの詳細は公表されていません。 - 野田なづきさんは佐賀県出身の26歳のボートレーサー
高校3年時に中退してボートレーサー養成所へ入り、2019年にデビュー。峰竜太さんを師匠に持ち、2026年後期には初めてA2級へ昇格しました。 - 三津家貴也さんは熊本県玉名市出身の31歳
玉名高校から筑波大学・大学院へ進み、陸上競技とランニングの研究に取り組みました。現在はランニングアドバイザーやモデル、非常勤講師などとして活動しています。 - 三津家さんは以前から佐賀でも活動していた
合宿や唐津市でのランニングクリニック、さが桜マラソンの大会アンバサダーなどを通じ、継続して佐賀と関わってきました。 - 2026年11月1日に結婚と第1子妊娠を発表
野田さんは産休に入っていますが、出産後もボートレーサーを続ける意向です。 - 野田さんは2027年8月ごろ、からつでの復帰を希望
復帰時期は未確定ですが、復帰後はA級への返り咲きや、A1級昇格・初優勝を目指しています。 - 生活環境に合わせて活動拠点を変える選択肢もある
ボートレーサーには、所属支部を移籍したり、所属支部とは別の地域で復帰したりする例があります。野田さんは、からつでの復帰を希望しています。
競技の異なる2人が、友人の紹介を通じて結ばれた今回の結婚。新しい家族を迎える2人と、野田さんの今後のレース復帰を応援したいですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!



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