頸椎損傷を乗り越えた天満敦子の演奏する望郷のバラードのエピソード【徹子の部屋】

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ヴァイオリニスト・天満敦子(てんま あつこ)さんといえば、『望郷のバラード』の演奏で多くの人の心を打ち続けている音楽家として知られています。

しかしその裏には、演奏生命を脅かすほどの頸椎損傷という大きな試練がありました。

今回は、天満敦子さんのプロフィールから『望郷のバラード』に込められた想い、頸椎損傷を乗り越えた感動のエピソード、そして「徹子の部屋」出演時の様子まで詳しくご紹介します。


天満敦子プロフィール

天満敦子プロフィール

  • 天満敦子(てんま あつこ)さんは、日本を代表するバイオリニストの一人
  • 東京都出身、1955年7月18日生まれの70歳(2026年1月現在)
  • 6歳からバイオリンに親しみ、東京藝術大学を卒業し、同大学院を修了
  • 現在、東邦音楽大学大学院教授

受賞歴

  • 在学中に第43回日本音楽コンクールヴァイオリン部門で1位に輝く
  • 1975年 ロン=ティボー国際コンクールで特別銀賞受賞
  • 1993年 アルバム『現代日本のヴァイオリン音楽・抄』文化庁芸術作品賞
  • 2005年 アルバム『ねむの木の子守歌』第47回日本レコード大賞企画賞

天満敦子さんの演奏は、「心に直接語りかける音楽」と評判で、情感あふれる表現力で聴く人の心をつかみ、特に中高年層を中心に厚い支持を集めています。

中でも彼女の代表曲として知られているのが、『望郷のバラード』です。

この楽曲は、テレビ番組やコンサートなどで演奏されるたびに多くの反響を呼び、天満敦子さんの名前を広く世に知らしめるきっかけとなりました。

天満敦子の演奏する『望郷のバラード』のエピソード

天満敦子という名前を聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべるのが『望郷のバラード』です。

この曲は、故郷への想いや人生の哀愁、懐かしさといった感情を深く表現したメロディーで、多くの人の心に静かに、しかし強く響きます。

この曲と彼女の出会いには、まるで映画のようなエピソードが隠されています。

ルーマニアの作曲家ポルムベスクとの出会い

『望郷のバラード』の作曲者は、ルーマニアの奇才チプリアン・ポルムベスクです。

愛国者であった彼は母国の独立運動に参加して投獄されてしまいます。

『望郷のバラード』は、獄中で故郷を偲び、恋人に思いを馳せながら書き上げたもので、彼は29歳という若さで非業の死を遂げてしまいます。

1992年に文化使節としてルーマニアを訪問していた天満敦子さんは、ルーマニア文化大臣の賞賛を受けます。

このことがきっかけで、秘曲『望郷のバラード』を日本に紹介してほしい、と依頼を受けけていたウィーン日本大使館の外交官が、天満敦子さんにこの曲の楽譜を託すことになりました。

秘曲『望郷のバラード』は、天満敦子さんが作曲家・ポルムベスクの母国ルーマニアの首都ブカレストを訪れるのを何年も待っていたのでした。

日本に巻き起こした大ブーム

天満敦子さんが日本で『望郷のバラード』を初演すると、その哀愁漂う旋律と彼女の魂を削るような演奏が話題を呼び、クラシック界では異例の5万枚を超える大ヒットを記録しました。

実際にコンサート会場では、『望郷のバラード』を聴いて涙を流す観客の姿も少なくありません。

親を亡くした方、故郷を離れて暮らしている方、人生の節目を迎えている方など、それぞれが自分の物語を重ね合わせながら、この曲を受け取っています。

曲に込められた「祈り」

天満敦子さんは、この曲を演奏する際に「作曲者の魂と対話する」と言います。

故郷を想い、志半ばで世を去ったポルムベスクの無念や希望を代弁するように奏でられる音色は、聴く人の郷愁を呼び起こし、深い癒やしを与えてくれます。

天満敦子さん自身、この曲を演奏する際には「自分自身の人生や経験、そして聴いてくださる方それぞれの人生に寄り添う気持ちで弾いている」と語っています。

ただ音を奏でるのではなく、その一音一音に感情と物語を込めているのです。

天満敦子さんの演奏には、技術的な正確さ以上に、人の心を癒し、励ます力があります。

『望郷のバラード』は、まさにその象徴といえる作品であり、天満敦子さんの音楽人生を語る上で欠かせない存在です。

頸椎損傷を乗り越えた天満敦子

年間100回以上の演奏会を行ってきた天満敦子さんですが、音楽家として致命的ともいえる大きな試練が訪れました。

2022年に突如、体が思うように動かなくなり検査入院したところ、頸椎損傷と診断され緊急手術を行いました。

演奏どころか日常生活にも支障をきたすほどで、絶対安静の入院生活が5か月も続きました。

ヴァイオリニストにとって、首は重要なパーツです。

天満敦子さんの首は、ボルト12本で固定されているため、医師からは「元のようにヴァイオリンを弾くのは難しいかもしれない」と告げられたともいわれています。

一度は引退も考えられたようですが、周囲の励ましと、「もう一度思い出の場所で弾きたい」という強い思いで、リハビリを重ねられました。

頸椎損傷という困難を乗り越えた彼女の姿は、多くの人に勇気と希望を与えています。

「年齢や病気に関係なく、人は何度でも立ち上がれる」というメッセージを、天満敦子さんはその生き方と音楽で体現されていますね。

天満敦子が徹子の部屋に登場

天満敦子さんが2026年1月21日放送の「徹子の部屋」にも出演します。

今回の出演で3回目の登場です。

初回は1994年1月24日、『望郷のバラード』が日本で大ヒットし、注目を集めていた時期です。

2回目は2014年2月26日、デビュー40周年目前での出演。

『望郷のバラード』との出会いや、愛器ストラディヴァリウスについて語っています。

そして今回は70歳を迎えての出演です。

頚椎損傷による緊急手術と壮絶なリハビリ、そして奇跡の復活についてお話が聞けるのでしょうか。

天満敦子まとめ

  • 天満敦子さんは6歳からヴァイオリンを始め、東京藝術大学・大学院修了
  • 第43回日本音楽コンクールヴァイオリン部門1位など、大学在学中から、受賞多数
  • 代表作『望郷のバラード』はルーマニアの奇才チプリアン・ポルムベスクの作品
  • 非業の死を遂げたポルムベスクの無念や希望を、代弁するように奏でられる天満敦子さんの音色は、聞く人の魂に触れるような感動を与える
  • 66歳の時に頚椎損傷で引退の危機もあったが、「もう一度思い出の場所で弾きたい」という強い思いで、復活
  • 「徹子の部屋」への登場は3回目

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